小説『冷血』トルーマン・カポーティ

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著者:トルーマン・カポーティ(1924-1984)

 ニューオリンズ生まれ。19歳のときに執筆した「ミリアム」でO・ヘンリ賞を受賞。1948年『遠い声 遠い部屋』を刊行し、「早熟の天才」と絶賛を浴びる。著書に『夜の樹』『草の竪琴』『ティファニーで朝食を』『冷血』『叶えられた祈り』など。晩年はアルコールと薬物中毒に苦しみ、1984年に死去

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感想

 プライムビデオで「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」というドキュメンタリー映画を見て、この「冷血」がどうしても読みたくなった。カポーティ自信が「ノンフィクション・ノベル」と名付け、実際にカンザスで起きた一家4人の殺人事件を徹底的に取材し、6年近くかけて完成させたという。

「彼はジャーナリストのように見知らぬ人々に近づき、二度と会いたくない人々と今だけ親友になろうとした。そうやって”物語”を聞き出すのだ。」

「彼は町全体をそそのかし手なずけてしまった。保守的な聖書地帯(バイブル・ベルト)の農夫たちをね。」

映画「トルーマン・カポーティ 真実のテープ」

 カポーティが自らの魅力を使って町の人々に近づき、聞き出した「物語」 は、作品の中で立体的に動きだし、当時の町の空気が伝わるように緻密に描かれている。被害者のクラッター家の人々の暮らし。裕福な農場主のクラッター氏と妻、16歳の娘、15歳の息子4人が日々どのようなことを考え、心を悩ませていたか。クラッター家周辺の人々の様子などもよくわかる。事実が淡々の記述される「ノンフィクション」ではわかりにくい、それぞれの人物像が、この作品の中では、細やかな心の動きを見せ、話し、行動する。町での評判も良く、何の落ち度もない家族が何故、手足を縛られ至近距離で散弾銃で撃たれるという悲惨な最期を遂げたのか?
 カポーティは犯人のペリーとディックにも取材をしている。特に言われているのは、カポーティはペリーに「特別な思い」があったということ。映画では、カポーティは初めてペリーに会った時、性的にピンときていたし、ペリーを愛していたという証言すらある。カポーティは自分と同じように辛い境遇で育ったペリーに対して以下のような言葉を残している。

同じ家で生まれた。一方は裏口から、もう一方は表玄関から出た。

ウィキペディア

 もうひとつの二人の共通点が身長が低さ。映画でもカポーティは、この点をものすごく嫌がっていたと養女が語っている。そして小説の中でペリーの容姿は、上半身はたくましく、座っていると長身に見えるが、立ち上がると12歳の少年のようで、脚は短く貧弱でありバランスの悪さを強調している。

 犯人二人については、事件を起こすまで、起こしてからの生活、逮捕されてから絞首刑になるまでが語られる。事件の全貌が徐々に明らかになるにつれ物語はどんどん深さを増していく。「どうしてあんなに残虐な行為をしたのか?」という答えは、ミステリー小説のように綺麗なわかりやすい答えはない。生まれ持った人間の性質、育った環境、ディックとスミスの関係性。その当時の二人の感情、その他様々な要素が複雑に絡まって起きてしまった悲劇というのだろうか。銃を撃った本人でさえ「なぜなのか、自分でもわからないんだ」と言う。

 ディックとスミスは裁判にかけられ、精神分析を受ける。当時の犯罪心理学が現在に比べて劣っているのかわからないが、この辺りの犯罪心理についての記述は、すごく読み応えがある。
 どこまでを「正常」「異常」とするのか、「性格障害」なのか「脳の器質性障害」なのか。人間の不可解な行動と複雑な感情との関係、そもそも皆が思う「感じるべき」感情はどこからやってくるのか?その「感じるべき」感情も持たないのは誰の責任か?など考えてしまった。
 結局、二人は死刑の宣告を受け、「死人長屋(デス・ロウ)」と呼ばれる死刑囚収容所に入る。

 カポーティは、なかなか執行されない二人の死刑について早く処刑されるように様々なところへ手紙を送ったという。死刑が執行されなければ小説が書き終わらないという理由で。二人と親密な関係を築いたにもかかわらず、二人の死を望む自分の冷酷さから題名を「冷血」にしたという説もあるそうだ。カンザスから戻ったカポーティは口もきけないほど疲弊してたという。精神安定剤をウォッカで飲むほど。カポーティの感情の葛藤による心の痛みはなかなか理解してあげられないだろう。これ以降は長編を一つも書き上げていない。

 小説が好きでまだ読んだことがない人には是非おすすめしたい。一度は読まないともったいないと思わせる「すごい」小説。まだそのすごさを全部はわかっていないだろうけれど、でもなんか「すごい」。カポーティが自分の才能とたっぷりの時間、そして命を削って書き上げた「ノンフィクション・ノベル」で「すごさ」を味わって欲しい。

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