小説『ひとりでカラカサさしてゆく』 江國香織(著)

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「正解がない」という事をどう受け止め、そこからどう日常を進めていくのか?

  • 著者:江國香織
  • 発行年:2021年

あらすじ

大晦日の夜、ホテルに集まった八十歳過ぎの三人の男女。彼らは酒を飲んで共に過ごした過去を懐かしみ、そして一緒に猟銃で命を絶った。三人にいったい何があったのか――。妻でも、子どもでも、親友でも、理解できないことはある。唐突な死をきっかけに絡み合う、残された者たちの日常。人生におけるいくつもの喪失、いくつもの終焉を描く物語。

引用元:新潮社 書籍詳細

感想

 雑誌「ダヴィンチ」の江國香織さんのインタビュー記事を読んで、この物凄い設定を江國さんがどう物語にしたのか?に興味を持ったので読んでみた。やっぱり一番は、どうして80歳を過ぎた男女が大晦日にそんなことをしたのか?ということだと思う。
 3人は小さな出版社一緒に勤めてた同僚だった。篠田完爾 86歳、重森勉 80歳、宮下知佐子 82歳。その3人が大晦日にバーラウンジで乾杯するところから物語が始まる。彼らははこれから何をするかを全く感じさせない雰囲気で昔話をのんびりと楽しむ。猟銃自殺という衝撃的な事件とあまりにもかけ離れた3人のゆったりとした態度が既に理解を越えたところに行ってしまっているようで少し寂しい。

 そして、3人の子供たち、孫、元部下などがそれぞれの立場でその事件を知らされる。「3人の死」がきっかけとなり3人の関係者たちが集められ、つながりを持ち始める。
 完爾、勉にはいくらかのわかりやすい理由がある。知佐子には、これという理由が見当たらない。「もう十分生きました。」とあった遺書。ついついどうして?何故?となるけれど、江國さんはこのインタビューでこう語っている

「答えというものはない、ということを私は書きたいんです。正解がないということって大事なことだと思うんですね。生きるうえでも本を読むうえでも。

引用元:「ダヴィンチ」

 わからないものをわからないまま受け止めるということは思っているより難しい。ついこんなことに何故なったのか?誰が悪いのか?それとも自分が悪いのか?と原因を探し出して誰かや何かを責めたい気持ちになる。そのほうが心の行き先が与えられて楽なのではないだろうか?耐えきれないほどの強い感情をそのまま抱え続けるのは苦しいと思う。
 ずーっと事件後から泣いていた完爾の娘が、この一件で知り合った人に言うセリフが私には一番、近いというか自分も同じように考えると思った。

「ずっと考えているんです」
と言った。
「どうしたら止められたのか、というか、止められたのかどうか、というより、止めるべきだったのかどうか」

引用元:「ひとりでカラカサさしてゆく」 江國香織著

 自分はその人にとって止めさせるほどの存在なのか?そう思うのは思い上がりの気もするし、その人が決めたその人の「人生の終わらせ方」なら尊重すべきなのか?
 江國さんはこのインタビューでこうも語っている。

でも、自分が死ぬまで、死んだ人との付き合いはずっと続いていく。亡くなった人を記憶している人が生きている限り、その人はまだどこかに居続ける、という小説になっていればいいなと思っています

引用元:「ダヴィンチ」

 まだこれからも続いていく付き合いの中で変化し続け、優しい、いいかんじの落としどころが見つかっていくのかもしれない。
久々に江國さんの小説を読んだが、このような設定でも、相変わらず江國ワールド全開だった。登場人物も江國さんの世界の住人というかんじ。その世界には十分浸れて堪能でき、また違った世界も見せてくれた。ひとつだけ、私が苦手だったのは、登場人物が多く、ひとつの場面が比較的短いところ。物語の中に埋没しそうになると場面が変わって人が変わる。再読だとその点があまり気にならなくなった。それそれの登場人物に親しみを覚えつつ、少しずつ味わいながら読む本なのかもしれない。

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