著者:明野 照葉 (あけの てるは)
日本の小説家。東京都中野区生まれ。本名、田原葉子。1982年、東京女子大学文理学部社会学科卒業。 富士ゼロックスなどの勤務を経て、1998年、「雨女」で第37回オール讀物推理小説新人賞を受賞し、小説家デビュー。2000年、『輪廻』で第7回松本清張賞を受賞。
引用元:ウィキペディア
あらすじ
一流企業に勤める夫が50歳を目前に失踪した。妻の睦子は自分に落ち度があつたのかと戸惑い、懊悩し、それでも仕事を探して働きに出る。だがそこで直面したのは、社会の厳しさだった。一方、夫の瞭平はホームレスとなっていた―。夫の失踪をきっかけに夫婦それぞれの人生を見つめなおす、再生の物語。
引用元:「BOOK」データベースより
感想
夫が消えた。
引用元:愛しいひと
消えて八ヵ月が経った今も、姿を現すどころか気配さえも窺わせない。
上記の文章で始まるこの作品。ミステリーなのかと思いきや違う。意外にも夫側の視点からの感情や生活状況も描かれるので、なぜ夫は姿を消したのか?ということが焦点でもない。
夫が突然、会社から帰らなくなって八ヵ月で茫然としている、もうすぐ50歳になるという笠松睦子。物語が始まっての彼女は、体面ばかりを気にしていて、変にプライドが高い。夫の姉に夫がいなくなったと、なかなか言えずに出張だと嘘を言い続けるところはイライラする。知人の紹介で働き始めた高級割烹の仲居の仕事は、単なる「お運び」と舐めてかかっていたら、すぐにクビになってしまう。自分の中にもあって嫌だな…と思う感情、甘えや見栄みたいなものが睦子が強調してさらけ出してくるかんじ。急に大変な状況に陥ったのだから、理解はできるし同情もするが、格好悪いなぁ…と思ってしまう。でも、仲居の仕事がクビになったことは彼女にとって大きな転機になる。
夫がいなくなって、一人息子までアパートを借りて家を出てしまい、その後、行方不明に。彼女はひとりで悶々としてしまう。ところが働いていると気持ちが他に向けられて悶々としている場合ではなくなり、気持ちが少し楽になるということがわかる。
介護施設の「お手伝い」として働いた後に、長年の専業主婦だった経験を生かそうと、「家事代行」の会社で研修を受け、働き始める。そして、彼女は、夫の「妻」という役、息子の「母親」という役、その役を与えてもらっていたことで、自分は心の安定を得ていたことに気付く。そして、今度は二人がいなくなったことによる不安定な状況を自らで安定させていこうとする。
家事代行員、旧来の言い方をするなら家政婦だ。睦子が「仕事、仕事」と言っても、聞けば人は「何だ」と思うかもしれない。だが、仕事の中身は関係なかった。睦子には、何よりも自分で自分が食べていくだけの金を稼ぐということに意味があった。
引用元:愛しいひと
他人から見たらささやかなことかもしれないが、彼女にとっては、とても大切な成功体験であり、自信につながる。そうやって自信をつけていく睦子は格好いい。やはり自信というものは、誰かから与えられている物では本当の意味での自信にはならない。自信がないから一般的価値観というものに翻弄され、他人と比較して優劣を感じる。本当の自信は、自らで作るもの。小さい事でも何かをやり遂げ、自分で誇らしい気持ちになること。その積み重ねでしか得られない…ということを睦子は教えてくれる。
当たり前の日常。当たり前にそばにいてくれる人。それが当たり前ではない。「いなくなって初めてその大切さに気付く」とは、よく言われるが、本当にいなくなってしまうのは大変だ。辛過ぎる。読書ならではの疑似体験を通じて、身近な大切な人を本当に大切にしているのか?その前に自分が自分を認めてあげているのか?ということを、時には省みるのには最適な作品なのではないかと思う。